よい子のモテブログ

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Yohjo Simulator:パロディという雑な売名をどこまで許容出来るか

なんか結構前に鬱の波が来てたので記事を大分消しました。久しく書いてなかったのですがこれはなんとか人前に出したいので、書きます。


Yohjo Simulatorというゲームがsteamで販売開始されました。
これはGoat Simulatorのヤギを幼女に変えた版なんですが勿論パロディ元であるGoat Simulatorの開発者が作ったわけではないです。

日本の同人サークルがコミケで販売したものをsteamでも、という感じらしいのですがこれってどうなんでしょう。
steam Greenlightっていうユーザーの反応から販売が決定するとこ上がりなんである程度ユーザーの支持を受けてるのは事実なんでしょうけど首を傾げざるを得ない。
正直Goat Simulaorがそもそも出落ちなわけじゃないですか。それを幼女に変えて売るってなんかユーモアとしても微妙だしどうなの。


で、製作者は「正直し○むらで女児ショーツ買って幼女をシミュレーションした方がマシなんじゃないかな」と言ってるそうだけどこれってGoat Simulatorの作者の「これを買うくらいならフラフープかレンガを買ったほうがマシ」っていう発言からですよね。
まあ発言も込みでこれがパロディってのはわかりますけどこの開発者には一切のオリジナリティがないわけで、パロディってそもそもある程度のクオリティがあってこそじゃないのでしょうか。どうせコミケで売ってたのをsteamで販売するんならその期間である程度ゲームとしての面白さを練ったほうが良かったんじゃないの?
案の定steamでの評価みたけど本家は「非常に好評」に対してこっちは「賛否両論」。greenlight上がりといってもそんなもんなんですかね。

パロディネタって僕たちオタクが割と真剣に向き合わなければいけないと思っていて、なんでもかんでも「ワロタwww」とか言っていてはこんな「中学のひょうきん者の一発ギャグ」みたいなのが量産されるだけなのかもしれない。

何より幼女を使うことでgreenlightの時から海外の反応として「さすが日本はhentaiだな!」みたいなコメントが多くって、尚更ちゃんとしましょうよと思ってしまう。

 

結論としては「パロディやるならもっとちゃんとやれ」ということでしかないですし何でそんなキレてるのと言われれば「なんか腹立つ」以外に何もないので、まあそういう感じです。


買ってないので何とも言えませんけどね。Goat Simulatorをやった上でこれをプレイして面白かったといういう人がいらっしゃれば記事の後ろに「面白いそうです」ぐらい書きますよ。なにせ買ってないので。

そんな可哀想な君が好き(な俺が好き)

最近はエロゲをやる時間が全くないしアニメは一作観てるだけだし元々あまり観ないし漫画はまぁ読むにしてもラノベは数年読んでいない。
これらのようなオタク趣味にダイブすると気持ちが良い、かっくいいしかわいいしそんな中にそれぞれの信念とか視界があって成長があって、それらで満たされる感覚がするし。

オタク趣味に没頭している際「俺がやりたかったけど出来なかった展開」になったとき急に現実に引き戻されることがある。超能力とかロボとかじゃなくて俺がうんざりして絶望して生きたくないけど生きなきゃいけない日々の延長線上のどこかにある世界、たとえば学園の美少女達が俺に恋心を抱いたり孤独な少女が俺に心を開いたり可哀想なヒロインを受け入れて共に歩んだり。
俺は、こういった俺の世界にない幻想快感を求めて操り人形である二次元の彼女らに身勝手な欲望を押し付けているのではないかと感じる。現実で抜け落ちた欠けた何かが満たされる錯覚を求める豚。空想じゃあ虚無じゃあ本当の何かは満たされはしない、そんなことは知ってるんだ。


いやしかし俺はここまで書いていてもお前たちに「現実と向き合え」の一言が確かに言えない。本気で世界に絶望して本気で幻想にのめり込もうとするお前たちのその身勝手なドロドロとした欲望が何かいい方向に転ぶとは思えない。でもそれでもその一言はあまりに残酷すぎる。

こうした物語を嫌ってるわけではない、むしろ好きだ。だって俺たちの身勝手な欲望まみれな物語を避けたらバッドエンドにしかならないじゃん。少年は少女と出会わなかった、誰にも見向きさえされなかった、孤独な少女はDQNにハメ撮りされた、可哀想なあの子は自殺した。
映画小説とかじゃなくてエロゲラノベとかでその研ぎ澄まされた俺達の現実を見てみたい気もする。それを喉元に突きつけられた時俺はお前たちはどうするのかとても興味がある。